天上、地上

さて、わたしは長老の一人として、また、キリストの受難の証人、やがて現れる栄光にあずかる者として、あなたがたのうちの長老たちに勧めます。あなたがたにゆだねられている、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。卑しい利得のためにではなく献身的にしなさい。ゆだねられている人々に対して、権威を振り回してもいけません。むしろ、群れの模範になりなさい。そうすれば、大牧者がお見えになるとき、あなたがたはしぼむことのない栄冠を受けることになります。
1ペトロの手紙5章1−4

エスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」
マタイによる福音書16章13−19


真っ白い雪におおわれた牧草地、牛や羊は神秘の眼でしか見えない。
どこまで続くのだろう。
かつてここが森だったなんて、キミだけじゃない、誰だって信じられるものか。
そしてもちろん、戦場だった日々もあったはず。
けど、今日は、なんて静かなんだろ。
雪の重みで、沈黙してるのか。
・・・
辿り着いた、ランス・カテドラル。
http://www.cathedrale-reims.com/pagearchi.html
もっとも奥にたたずむステンド・グラスは、マーク・シャガールによる。
右から、神の国、神の手、七つの木の蝋燭。
その下、右から、神の小羊・黙示録の示現と四福音記者、聖霊の光、キリストを予告した預言者
などなどと、現代聖書学とイメージを統合し構成されたこの窓は、
東からのぼる太陽の光を透きとおし、
エスによって交差する救いの歴史を、教えてくれる。
光が貫かれなければならない。
天上と地上は、この光なしには出会えないから。
ときどき、窓を仰いで、我らの身体に光が貫かれるままになろう。
・・・
そうして我らは光を抱きかかえながら、この白い雪の世界を旅していく。
寒さに凍ることのないように内なる光が、我らを温める。
なにもない、ただこの光の存在だけが、
天上からいただいたものとして、
わかちあわれる。