祝初渡米

祝初渡米

なう、わたしはアメリカ合衆国に居る。

あの憎き敵と血肉の裏側まで刷り込まれた国、原爆を落とし、食料を落とし、憧れを落としやがっていつもわたしの近くに居て、遥かに遠く離れた国。関わらないで済むなら絶対に絶対に関わりたくない国。なのに、アメリカ無しには生きていけない。アメリカ無しにはわたしの存在がない。アメリカ無しにはわたしの歴史はない。そういうアメリカ合衆国に居る。

国と人間は分けて考えるべきだ。そんなこと、頭では分かっている。アーサー・ビナーさんからも言われたじゃないか。広島の人間が濡れ落ち葉みたいにいつまでもいつまでも原爆にしがみついていたんではしょうがない。広島が無茶苦茶にされようが、みんな死んでおまえがひとりぼっちになろうが、ウジウジ泣いていたんではダメだ。ポイント・ゼロのあの場所で閃光に焼かれ一瞬にして溶け散らかって灰となったおまえのヒロシマの身体に刻まれた記憶を振り絞って思い起こし、おまえは勝て。

グレン・ミラー・オーケストラにいたとかいうピアニストの弾くジャジーな聖歌で、くそー、号泣しそうになってしまったじゃないか。すんでのところで思い直し、目を開き、国と人間を切り分ける。「憧れるな」大谷さーんも言ったよな!

ここはわたしの妄想の生み出した【アメリカ合衆国】ではない。ひとりひとりの人間の集合体、どこか、別の場所から【ここ】に移動して来た人たちの集まる【空間】だ。古参と新参者の入り乱れる、英語の喋れる人と喋れない人の入り乱れる、肌の色の濃さと薄さの入り乱れる【空間】。一瞬でもここを【自分のアメリカ合衆国】だとか、【自分たちのアメリカ合衆国】だとか思ったら負けだ。そして、ここは【世界の中の一番大きな国、アメリカ合衆国】で、わたしはよそ者、小さな国から来たなんて考えても、負ける。

私物化したとたんに全部、負ける。わたしのと言っても、あなたのと言っても、負ける。

今まで感じたことのない感情が胸の奥から沸々と湧き出てきた。なんだこれは!

わたしは自分の妄想と戦っている。

けっこうこの手の戦いに戦わずして負けている者の多いことに気づく。

そして、今日、わたしはこの戦いに絶対に勝ってみせる、と思っている。