歴史性と関係性

その歴史的事実を自分をも含めた関係性の中に取り込むと、当然、野次馬でいられず少なくとも当事者としての悩みが生じる。
2005-10-20 - 葉っぱのBlog「終わりある日常」

葉っぱ64さんが「歴史を自分の関係に取り込むと悩む」と、
おっしゃっている。
まさに、まさに。

わたしの「生」をわたしが生きている「世の歴史」と切り離さない。
ドイツのシュレーダー首相、
アウシュヴィッツの解放60年を迎えた今年1月、
歴史に残る演説でそれを証ししてくれたのを思い出す。


ル・モンドがビデオに残してる。
http://www.lemonde.fr/web/vi/0,47-0@2-3214,54-629513@51-641637,0.html
その演説が英語で読める。
http://www.historyplace.com/speeches/schroeder.htm
熊谷徹さんが中央公論(2005年9月号)に論文を投稿されている。
http://www.tkumagai.de/Chuo%20Rekishi.htm

アウシュビッツ強制収容所ソ連軍によって解放されてから、60年目にあたる今年1月25日、ドイツ政府はベルリンで犠牲者を追悼する式典を催した。シュレーダー首相は、演説の中でこう語っている。「私は殺害された人々、そして地獄の収容所を生き延びた人々の前で、恥の感情を持つ。(中略)ドイツ人は、ナチズムとホロコーストの歴史を常に思い起こし、反ユダヤ主義と極右勢力に対抗する義務を持つ。今日ドイツに生きている市民の大部分は、ユダヤ人虐殺に直接の罪はないが、特別の責任を負っている」。さらに彼は、戦争と民族虐殺を記憶することは、ドイツ人のアイデンティティーの一部だと言い切った。

熊谷徹【「歴史リスク」と戦うドイツ・放置する日本】より
中央公論 2005年9月号掲載

ドイツ外務省の高官で、日本に勤務した経験を持つE氏から、こんなことを言われたことがある。「日本人は戦争の悲惨さというと、日本人の犠牲者のことを中心に考えて、日本が外国に与えた被害については、あまり考えていない」。

こうした見解に反発する日本人は多いかもしれない。しかし日本での歴史論争を見ていて、バランスが取れていないと感じるのは、一銭五厘赤紙で召集されて、国を守るために熱帯のジャングルに送られ、十分な補給もないまま、飢えや疫病で死んでいった皇軍将兵の悲惨な運命がしばしばクローズアップされるのに比べて、アジア側の被害者との対話が十分に行われず、日本国民の大半にもアジアでの被害の実像が、伝わっていないことである。

ナチスが殺人工場を作って民族の抹殺を図ったのに対し、日本はそうしたことを行わなかったという違いは、日本が被害者について配慮しないで良いという理由にはならない。死者数などについて食い違いがあるとはいえ、中国大陸で、多数の民間人や、投降した後の捕虜が日本軍によって殺害されたことは、否定し得ない史実なのである。このバランスの欠如こそが、中国や韓国から批判される隙を生んでいる。

熊谷徹【「歴史リスク」と戦うドイツ・放置する日本】より
中央公論 2005年9月号掲載

熊谷さんの論文によるとドイツは近隣国の信用を回復するために、
この60年間、実質的に大きな努力をかかさなかったと。
そして今ではドイツを戦争責任で批判する近隣国はないと記される。


わたしは生まれ育った日本とわたし自身の歴史と関係において、
非常に悩む。
そして、もの心ついた頃から、
実にこのことをずっと悩んでいることに気づく。