彼らはこう言い合うが、その考えは誤っている12:神に従う人は邪魔だから、だまして陥れよう。「我々のすることに反対し、/律法に背くといって我々をとがめ/教訓に反するといって非難するのだから。神に従う人は、神を知っていると公言し、/自らを主の僕と呼んでいる。彼らの存在は我々の考えをとがめだてる。だから、見るだけで気が重くなる。その生き方が他の者とは異なり、/その行動も変わっているからだ。我々を偽り者と見なし、/汚れを避けるかのように我々の道を遠ざかる。神に従う人の最期は幸せだと言い、/神が自分の父であると豪語する。それなら彼の言葉が真実かどうか見てやろう。生涯の終わりに何が起こるかを確かめよう。本当に彼が神の子なら、助けてもらえるはずだ。敵の手から救い出されるはずだ。暴力と責め苦を加えて彼を試してみよう。その寛容ぶりを知るために、/悪への忍耐ぶりを試みるために。彼を不名誉な死に追いやろう。彼の言葉どおりなら、神の助けがあるはずだ。」神を信じない者はこのように考える。だが、それは間違っている。悪に目がくらんでいるのだ。彼らは神の奥深い御旨を知らず、/清い生活がもたらす報いを期待せず、/汚れない魂の受ける誉れをも認めない。
知恵の書2章1、12−22

ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。しかし、兄弟たちが祭りに上って行ったとき、イエス御自身も、人目を避け、隠れるようにして上って行かれた。祭りも既に半ばになったころ、イエスは神殿の境内に上って行って、教え始められた。さて、エルサレムの人々の中には次のように言う者たちがいた。これは、人々が殺そうとねらっている者ではないか。あんなに公然と話しているのに、何も言われない。議員たちは、この人がメシアだということを、本当に認めたのではなかろうか。しかし、わたしたちは、この人がどこの出身かを知っている。メシアが来られるときは、どこから来られるのか、だれも知らないはずだ。」すると、神殿の境内で教えていたイエスは、大声で言われた。「あなたたちはわたしのことを知っており、また、どこの出身かも知っている。わたしは自分勝手に来たのではない。わたしをお遣わしになった方は真実であるが、あなたたちはその方を知らない。わたしはその方を知っている。わたしはその方のもとから来た者であり、その方がわたしをお遣わしになったのである。」人々はイエスを捕らえようとしたが、手をかける者はいなかった。イエスの時はまだ来ていなかったからである。
ヨハネによる福音書7章2、10、14、25−30

この人は誰か。
いったいこの人についてどう考えたら良いのか。
・・・
思考停止なのか。
・・・
この男はまわりが殺そうと狙っている人物なのに、公然と人前でしゃべっている。
狙っている者たちも何も言わない。
・・・
ほんとに、メシアなのか。
・・・
メシアが来るときには、どこから来たかを知らないはずじゃないか。
けれども、我々はこの男がどこから来たかを知っている。
そう、彼はナザレのイエス
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ところで、時が来て、
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