33個めの石


今年の聖週間はこちらとともに過ごした。

33個めの石 傷ついた現代のための哲学

33個めの石 傷ついた現代のための哲学

著者はおなじみ「無痛文明論」の森岡正博さん。哀しいけど愛に充たされたわたしたちの世界が描かれているいい本だ。
そもそも「無痛文明」という世界は、そんなに悪じゃない。悪というより哀だ。どうしようもない世界、いたたまれない世界、なさけなく、はずかしい世界。そういう世界って悪っていう感じじゃない。人間が人間の最大能力を用いてなんとかしようとあがく、あがいた結果、結果的に「なんだこれは!」「これじゃだめじゃないか!」というどうしようもない帰結をもたらしてしまう。「こりゃ悪だろ」と言いたくなるような終末を来す、そういう人間の悲哀のことが無痛文明なんじゃないかと思う。
「傷ついた現代の哲学」というサブタイトルにもそこらへんがあらわれている。
大著「無痛文明論」をマジで生きる著者森岡さんがどんな次元でこの世界を凝視しておられるか、この本は、ある意味で「証言」にも似たものを感じる。死刑制度、自殺、生命倫理、戦争、この世界で避けられないさまざまな出来事に、ご自身の立ち位置をはっきりさせる。この立ち位置こそ、誰もがそこに学ぶことができる地点だ。
2007年米国バージニア工科大学で起きた学生による銃乱射事件で32人の学生・教員が殺されたことについて書かれている。事件後、追悼集会が行われ、死亡した人々の数と同じ33個の石が置かれたそうだ。32人が犯人の手によって殺された。33個めの石は自殺によって死んだ犯人の分だという。追悼集会で祈る人々は、亡くなった人々同様に、この犯人の苦しみ、その家族や友人の苦しみのためにも祈っている。
立ち位置とは、たぶん、泣き叫び、苦しみながら、この33個めの石を置くという、その位置にあるのだろう。森岡さんはその位置をこの本の表題に置いている。
とってもスピリチュアルな本。ゆっくり読んだらいいよ、春の日差しが違った光になる。