というわけで京都

karpos2006-11-21



この旅は自分なりに総まとめ。
かの国で語ってきた言語(ランガージュ)を、
この国に持ってきた時にどうなるか。
頭が破裂する前に、実にお腹が破裂しそうっていうのは、
食べすぎなんじゃなくて、風邪だから。
最近の風邪はお腹にくるんですって。
おかげであんまり食べないようにできるから健康にはいいのかも。
あと、十分に休息を取るようにMFが気をつけてくれるから、それもよろしい。
今日のポイントは二つ。

  • 「包まれる愛」と「現実の中で生きる愛」。
  • 自然宗教」と「自然の宗教」。

京都ご出身のNさま、京都は他の地方と違い人間論的アプローチが強いと主張。
造られた自然美の根幹はなんだかんだ言って人間なのだと。
そんなことを通訳しながら、自分の内を貫く「異邦人性」を観る。
わたしのどこかで「ほんとか?」という声がつぶやく。
そしてさらにおもしろいことに、その「ほんとか?」の部分は、
Nさまが言っていることに対して「誰かわからない」わたしが言ってる感じなのだ。
もしかしたら、わたしが言ってるんじゃないのかもしれない。
じゃ、誰が言ってるんだろ・・・
わからんね。
ちょっと複雑怪奇な感じ。
その辺が、とくにこの国での対話だからこそ起こってる気もするんだな。
Nさまの仰ることにこれといって異議はない、ってところがミソ。
翻訳時に起こりうるアイデンティティ問題/経験、独り生中継の旅。



今日のまとめ、MF曰く、La beauté et la reconnaissance