自分らしく


「ゑ」さんが、
自分らしく生きるとかって最近言うけど、あれはよくわからない、と言った。
一人一人、それぞれ、その人でしかなくって、とっても自分らしく見える。
もしもあたしが『自分らしく』なんて言われたら、
自分は自分なんだから、これ以上どうすることもなくって、
これが自分としか言いようがない、とのこと。
「自分らしく」って、けっこう自然にみんな言ってると思うし、
ある種の流行ことばなのかもしれないけど、
そこにひっかかってくれた「ゑ」さんにいたく刺激を受けた。
「ゑ」さんは、たぶん、もうすでに、
「自分らしく」生きてる人なんだ、ということはすぐにわかった。
そして、それはとっても幸せなことだって感じた。
そして同時に、「ゑ」さんのように思えない人もいるんじゃないかって。
なにかしら、「自分じゃなく」生きていて、自分らしくないことに気づいて、
自分らしくなりたい、生きたいって思うこと自体にはそれほど問題を感じない。
ただ、「ゑ」さんの言う、
もう、そこにいるこの人、あなた、わたし、
それはそれぞれが自分以外の何者でもなくて、
それこそが、自分らしいのだよ、というこの感覚の背後にあるものというのは、
特別な、ある種の、「視線」というか、そう、「まなざし」のようなもの、
それを内化(Interiorisation)している「ゑ」さんの、
そのあったかい大きさが、
まさに、神さまの溶け込んでいる領域というか、
とっても明らかというか。
ところで、今日の夕方、四谷の空は光ってた。
涼しいねえ、秋がもうすぐかもよ。
あたりまえのように「自分らしく」って言うことばを使ってたことに、
それがあたりまえでない人がいるってことに、
一つ一つ目を覚ましてる。
「ゑ」さんは昭和5年生まれ。