説教

私は最近「カリスマ神父」なんて呼ばれることがあって、笑っちゃいますけど、よく考えてみたら「カリスマ」って神の力、聖霊の働きって意味ですから、それを言うなら神父はみんなカリスマ神父じゃなくちゃならないはず。いや信者だって、みんなカリスマ信者じゃなくちゃならないはず。聖霊がまっすぐに働いて、神さまのよいわざがその人のうちから溢れでてくる。でこぼこの道を平らにして、曲がりくねった道をまっすぐにすれば、聖霊の働きがおのずと輝き出るはずだし、誰もがそうでなければならないはず。
「あなたに話したい」p203


友が、ステキな本を送ってくれる。

あなたに話したい (晴佐久神父説教集)

あなたに話したい (晴佐久神父説教集)

説教集のようです。
イエス・キリストとわたしがひとつになって生きる、
この軸が説教の中心を貫いている。
よく考えたら(「説教」の)すごいパラダイム転換なんだと思うヨ。
事実、著者は説教を解説よりも宣言と言う。
ま、とにかく、こういう神秘の現場を見せられると、
裏仕事をしてる我らのような者も目を覚まされるというわけで。
インカルチュレーション、細かい作業の日々は永遠。

話しているのはわたしではなく、天の父だ、という確信である。
中略
エスは、天の父とひとつだった。イエスの思いは天の父の思いであり、イエスには、天の父がすべての人、すなわちすべてのわが子に言いたいことが、痛いほどわかっていた。だから、語るのである。
天の父が、一人ひとりのわが子を愛して生んだこと。愛して育てたこと。今も愛していて、その愛は永遠であること。だから、どんなに苦しくても不安でも、決して希望を失わずに天の父を信じて欲しいということ。
エスは黙っていられない。天の父が、黙っていられないから。
およそ、キリスト者がもう一人の誰かに福音を伝えるということは、根源的にはそれと同じ出来事であるはずだ。キリスト者とは、イエス・キリストとひとつになって生きる者なのだから。天の父が黙っていられないから、イエスも黙っていられない。イエスが黙っていられないから、キリスト者も黙っていられない。
あとがきより「あなたに話したい」p332−333